▼ 天川裕史会員らの研究成果がGeochimica et Cosmochimica Actaにて公表されました

Nd isotopic composition in the central North Pacific
Geochimica et Cosmochimica Acta, 73, 4705-4716 (2009)
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天川裕史会員による内容紹介:
 「中部北太平洋におけるNd同位体比の分布」

 Nd同位体比は固体地球化学の分野では定番の「同位体比トレーサー」の一つであるが、最近では古海洋学の分野においてもその有用性が広く認識されている。例えば、ケンブリッジ大学のPiotrowskiは堆積物中の海水起源のNdの同位体比は古海洋循環の復元にあたっては生物活動の影響を受けやすい炭素同位体比に比べ優れたトレーサーと述べている(Piotrowski et al., 2004, 2005)。

 こうした古海洋循環研究には、現在の海洋(海水)のNd同位体比の分布に関する情報(データベース)が必要不可欠である。また、Arsouze et al. (2007)やJones et al. (2008)では、海水のNd同位体比のグローバルな分布をモデルによる再現を行い、これまでのデータベースとの比較を行っている。

 このように様々な方面から、海水のNd同位体比のデータベースの充実化が望まれているが、依然としていくつかの海域についてはほとんどデータが存在せず、中部北太平洋もその一つに挙げられる。本論文はその中部太平洋におけるNd同位体比の鉛直分布を明らかにし、既存の北太平洋のデータと比較することを目的としている。

 分析を行ったのは、北太平洋に位置するBO-1(39°59'N, 160°00'E)、BO-3(30°01'N, 160°00'W)、BO-5(20°00'N, 175°00'W)の3測点である。BO-1は亜寒帯域、BO-3及びBO-5は亜熱帯域に位置する。

 結論としてはいずれの測点のNd同位体比の鉛直分布もこれまで報告されてきた西部北太平洋における鉛直分布と大きくは異ならないものとなった。亜寒帯域の測点BO-1については水深500m以深では同海域の既存のデータとほぼ同じ値を示した。一方、亜熱帯域の両測点に関しては従来の研究例同様、水深800 ~ 1000mに存在する北太平洋中層水(NPIW)は高いNd同位体比を示した。測点BO-5については日本近海での既往研究同様、水深200~300mにある北太平洋亜熱帯水(NPTW)は低いNd同位体比を示すことがわかった。また、本文では触れていないがこの論文の少し前にZimmermann et al. (2009a)によって北太平洋の6測点に関する鉛直分布が報告されており、その結果と我々のデータはほぼ一致している。しかし、Zimmermann et al.では海水試料を採取した深度に偏りがあり、鉛直分布の全体像が明示されているとは言い難い。その点、本論文は深度を満遍なく網羅した海水試料の分析を行っており、表層から深層にいたる鉛直分布の全体像をとらえているものと自負している。

 測点BO-3とBO-5の表層150mのeNdの平均値はそれぞれ-4.6と-2.3となった。この違いがハワイ諸島から供給される高い同位体比を示すNdによってもたらされていると考え、Lacan and Jeandel (2005)で提唱されているboundary exchangeを仮定しハワイ諸島からの(マントル起源の)Ndフラックスを計算すると70~130トン/年となった。これは、Lacan and Jeandel (2005)が4海域に関してboundary exchangeを仮定して求めたNdフラックス(70~370トン/年)と概ね一致している。また、van de Flierdt et al. (2004)と同様の方法で見積もった北太平洋全域へのマントル由来のNdフラックス(130~290トン/年)とも矛盾しない。従って、ハワイ諸島は北太平洋における重要なマントル由来Ndの供給源と結論づけられる。