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中国北部マンシャンで採取した大気エアロゾル中のジカルボン酸類の分子組成と昼夜変動
He Nannan, 河村公隆(北海道大学)
Geochemical Journal, Vol. 44, e17-e22, 2010
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内容紹介:
 「中国北部マンシャンで採取した大気エアロゾル中のジカルボン酸類の分子組成と昼夜変動」

 中国は、化石燃料の大量消費により大規模な大気汚染に直面している。特に、首都北京での大気汚染は深刻であり、汚染物質の起源やその輸送過程の解明のため、これまで北京市中心部やその南部で大気エアロゾルの観測が行われてきた。しかし、北京市の影響を強く受ける北部での大気エアロゾル観測の報告例はほとんどなく、都市からの汚染が北京郊外の大気質に与える影響についてはわかっていない。とりわけ、有機エアロゾルの研究は皆無であった。有機物は微粒子中で30?70%を占め、その半分以上が水溶性であることから、有機エアロゾルは凝結核として雲の生成、太陽光の反射など放射強制力に重要な役割を果たすなど、大気科学的に重要な物質として知られている。

 本研究では、北京市の北40kmに位置するマンシャンにて夏に採取した大気エアロゾル試料を分析し、水溶性の低分子ジカルボン酸、ケトカルボン酸、 -ジカルボニルの濃度と分子組成を明らかにした。その結果、シュウ酸(HOOC-COOH; C2)が主成分であり,コハク酸 (C4)、マロン酸 (C3)、フタル酸がこれに続くことがわかった。また、C2などいくつかの成分を除き、ほとんどの化合物の濃度が昼間に高い濃度を示した。この結果は、ジカルボン酸類が北京で化石燃料燃焼など人為発生源から放出された有機前駆体の光化学酸化で生成され、昼間の南風によってマンシャンまで大気輸送されることを示唆している。自動車の排気ガスに多く含まれるフタル酸が昼夜ともに高濃度で検出されたことは、北京北部のエアロゾルは人間活動の強い影響を受けていることを示した。

 一方、夜間にはシュウ酸の高い濃度が得られた。汚染性炭化水素(シクロヘキセン)の酸化生成物であるアジピン酸(C6)と植物起源不飽和脂肪酸の酸化生成物であるアゼライン酸(C9)の濃度比(C6/C9)が夜間に低くなることから、夜間には北京北部に位置する広大な森林からの生物起源有機物の放出が夜間のシュウ酸濃度の増加に寄与している可能性が指摘された。シュウ酸/全ジカルボン酸の濃度比が夜間により高いことからも夜間に化学的エイジングがより進行していると考えられた。おそらく、森林から放出されたイソプレンなど生物起源揮発性有機物(VOC)が昼間に光化学反応(気相)によりグリオギザール(HCO-CHO)などに酸化され、それらが夜間の北風によってマンシャンに輸送される間にエアロゾル中での液相反応によってグリオギザール酸(HCO-COOH)やシュウ酸にまで酸化されたものと考えられる。実際に、相対湿度が100%近くまで増加する夜間には、グリオギザール酸はシュウ酸に対して相対的に減少しており、グリオギザール酸のエアロゾル(液相)中での酸化がシュウ酸の増加に寄与していることが支持された。

 本研究の結果、北京北部郊外の大気中におけるジカルボン酸など二次有機エアロゾルの生成には昼夜の変動があり、昼間には人為起源有機物の酸化が、夜間には植物起源VOCの酸化が寄与していることが示された。