▼ 高野淑識会員、大河内直彦会員らの成果がNature Geoscienceにて発表されました

海底堆積物中で再利用されるアーキアの膜脂質
高野 淑識1、力石 嘉人1、小川 奈々子1、野牧 秀隆1、諸野 祐樹2、稲垣 史生2、北里 洋1、Kai-Uwe Hinrichs3、大河内 直彦1,4,5(1 海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域、2 海洋研究開発機構 高知コアセンター、3 ドイツ・ブレーメン大学、4 東京大学、5 東京工業大学)
Nature Geoscience, 3, 858-861 (2010), DOI: 10.1038/NGEO983
URL
背景
 深海底にはさまざまな微生物が生息しており、地球表層環境における炭素の循環に重要な役割を果たしている。とくに「アーキア(古細菌)」と呼ばれる原核生物は、海洋や海底堆積物中におけるその分布や量が、従来考えられていたよりも大きいことが最近になって明らかになり、大きな注目を浴びている。しかし、海洋性のアーキアは、培養が難しく、海水や海底堆積物中でどのような活動を行っているのか、またどれくらいの活性をもっているのか(どれくらいの速度で代謝しているのか)といった基本的な性状でさえも不明な点が多い。そこで本研究グループは、世界で初めて海底の現場(最大405日)でアーキアを培養する新たな実験手法を開発し、精密なバイオマーカー解析により、アーキア由来膜脂質の分子内同位体比を評価した。
研究手法
 当機構が所有する無人潜水艇ハイパードルフィンを利用して深海底(相模湾底、水深1453 m)に長さ30 cmほどの現場培養コアチャンバーを数本突き刺し、コアの内部に13C(炭素安定同位体)でフルラベル化したグルコースをコアの上部からシリンジで注入した。注入後、数日から1年以上経ってからコアを内部の堆積物とともに一本ずつ回収し、堆積物の中からエーテル脂質(カルドアーキオール、クレンアーキオール)と呼ばれるアーキアの細胞膜の成分を調べた。エーテル脂質とはグリセロールがイソプレノイドと呼ばれる炭化水素化合物にエーテル結合した構造をもつ有機分子で、アーキアだけによって合成される。このエーテル脂質を堆積物中から単離した後、実験室で化学的に切断して、グリセロールとイソプレノイドという2つの化合物に分離した。そして両者に含まれる13C濃度(炭素同位体比)を個々に測定して、シリンジから注入したグルコース起源の13Cが、分子内のどの部位に、どれくらい含まれているのかについて測定した。また、アーキア(ユーリアーキオータ門、クレンアーキオータ門)の群集構造は、16S rRNAおよび定量PCRで評価した。
結果と考察
 測定の結果、グリセロールには大量の13Cが見いだされたが、イソプレノイドにはほとんど見出せなかった。このことは、13Cでラベルしたグルコースが、アーキアの細胞中でグリセロールを合成するための材料として用いられた一方で、メバロン酸経路によるイソプレノイド合成のための材料としては用いられなかったことを示している。つまり、イソプレノイドは自ら作り出したものではなく、かつて自分たちの先祖・仲間が合成し、その死後も堆積物に残されていた、細胞外(堆積物中)にあったイソプレノイドをいったん細胞内に取り込み、グリセロールと反応させてエーテル脂質を合成し、自らの細胞膜に利用するという「リサイクル」をしていたと考えることができる。イソプレノイドは炭素数40という大きな分子であり、こういった大きなサイズの有機分子をアーキアがリサイクルするメカニズムはこれまで知られていなかったが、本研究によってアーキアの細胞膜に大きな分子を取り込み、膜脂質を再利用するプロセスが存在することを初めて明らかにした。

 現在、イソプレノイドへの13Cの取り込み速度を調べることによってアーキアの活動度(成長・再生などのスピード)を推定する研究例があるが、本研究によって、現在の手法では、実際のアーキアの活動度を過小評価しており、これまで推定されてきた活動度よりもかなり大きな活動度が期待される結果が示唆される。つまり、アーキアが海底における物質循環に従来考えられていたよりも大きな役割を果たしているものと推定される。

 本研究は、深海底に生息しているアーキア(古細菌)が、わずかなエネルギー源を有効に活用するために発達させたと考えられる新しい代謝経路を提示する。アーキアはエネルギーの低い深海底において、周囲の環境中に含まれる有機物を使いまわす究極のエコ戦略を採用することによって、エネルギーをセーブしながら暮らしているという生態的特徴が本研究により明らかになった。