■北海道大学大学院環境科学院地球圏科学専攻 環境変動解析学グループ
 (南川雅男教授,杉本敦子教授,山本正伸准教授,山下洋平准教授,入野智久助教)


北海道大学大学院環境科学院地球圏科学専攻
物質循環・環境変遷学コース
博士課程2年・上田哲大

 皆様,こんにちは。今回の研究室紹介では北海道大 学大学院環境科学院地球圏科学専攻環境変動解析学グ ループの紹介をさせていただきます。今回の紹介は博 士課程2年の上田が担当致します。宜しくお願いしま す。

 現在(2010年11月)本グループは南川雅男教授(現 大学院環境科学院長,探索計測分野所属),杉本敦子 教授,山本正伸准教授,山下洋平准教授,入野智久助 教(4名とも環境変動解析学分野所属)の5名の教員 の他,大学院生20名(博士課程10名,修士課程10名), 研究生2名,研究支援スタッフ5名の合計32名で構成 されています。また,本グループは北海道大学理学部 地球科学科の教育も担当しており,地球科学科4年生 の研究室配属先の1つにもなっています。その為,毎 年地球科学科4年生を受け入れており,現在6名の学 部生が所属しています。加えて,ここ数年で海外から の留学生も増え,現在中国,韓国,マレーシア,イン ド,ロシアからの留学生が本グループに在籍してお り,それぞれの研究を進めています。

 私たちのグループの掲げる大目標は,「地球環境の 未来を予測するために第四紀古環境及び現在の環境変 動の様相と仕組みを解明していく」というものです。 その目標を達成していく為に,様々なフィールドで観 測・モニタリングを通して多くのデータを集め,安定 同位体を用いた同位体化学の他,堆積学や有機化学と いったツールを駆使して過去の環境の変遷過程や現在 の水,炭素,及び窒素の循環過程の解明に取り組んで います。また,これらの研究を進めていく上で本グ ループでは,安定同位体質量分析計(MAT 253; Thermo Fisher Scientific, DeltaV; Thermo Fisher Scientific)や液体クロマトグラフ質量分析計 (micrOTOF-HS; Bruker Daltonics),レーザー回 折・散乱型粒度分析装置(LA―920;HORIBA)等の 機器を利用して,分析を進めています。

 ここで,本グループで行われている研究内容をもう 少し詳しく説明していきます。

 本グループが対象としている主なフィールドは,陸 域と海洋です。

 陸域では,生物圏と地球環境の相互作用,具体的に 陸上の物質循環において重要である様々な生態系で水 環境や水循環が変化したときに炭素・窒素循環がどう 変化するであろうか,ということを解明すべく寒帯林 やツンドラ,その他の湿地などで水・炭素・窒素安定 同位体比(δD,δ18O,δ13C,δ15N)を用いて物質循 環解析を行っています。ここで対象としているフィー ルドは北海道内の実験林の他,特に温暖化等の気候変 動に対して敏感に応答し得る永久凍土と,その凍土の 上に広がる東シベリアのタイガ林になります。前述し た物質循環解析ですが,水循環解析については私の博 士課程の研究テーマであり,現在降水や大気水蒸気等 の水安定同位体比を利用し,降水システムのメカニズ ムの解明を行っており,この内容で学位の取得を予定 しています。また,後輩の研究テーマの1つとして東 シベリアタイガ林の樹木年輪の炭素同位体比の変動の 解析を通して,過去の土壌水分量の復元を試みていま す。その他にも,近年の温暖化の影響を見るために地 温や土壌水分量の観測を継続して行い,凍土の融解プ ロセスの解析も行っています。炭素循環解析について は,タイガ林内の土壌呼吸・光合成由来のCO2や大気 CO2の炭素同位体比を用いて森林生態系が炭素の吸収 域になるか放出域になるか解析している他,タイガ林 の北限にあるツンドラにて温室効果ガスの1つである メタンの放出量の測定や生成過程の解析を行っていま す。窒素循環解析については,貧栄養土壌という環境 下にあるタイガ林内での窒素の利用過程を,窒素同位 体比を利用したトレーサー実験等で解析しています。 また,陸域における別の研究として,軽元素の安定同 位体比(特に炭素・窒素)や有機物分子(バイオマー カー分子)分析を手段として,生態系や物質循環の構 造および環境と人類との関わりに関する研究が行われ ています。また,人為的環境改変の過程を定量評価す る化学分析法を開発し,遺跡の出土遺物などに応用す ることで縄文時代等における初期の農耕栽培や家畜飼 育の証拠を発見し,先史人類の化石を分析して食生態 の変化を明らかにするなどの研究も行われています。 遺跡は日本国内のものや中国のものが対象となってい ます。

 海洋での研究は,西太平洋とその縁海(南シナ海, 東シナ海)から採取した海底コアに含まれるアルケノ ン,TEX86,陸起源バイオマーカー,海洋生物起源バ イオマーカー,及びそれらの炭素・水素同位体比を分 析し,海面温度,陸上植生,水収支を復元して全球温 暖化との対応関係を検討する研究の他,熱帯太平洋か ら採取した海底コアに含まれるアルケノンの炭素同位 体比とTEX86を分析し,過去700万年間の大気CO2濃 度変化と熱帯海面温度変化を復元し,熱帯温度(すな わちおおよその全球温度)のCO2濃度に対する感度を 求める研究等が進められています。また,西部北太平 洋域の海底から採取された堆積物コア中の堆積物の粒 度・鉱物・元素組成を測定することで堆積物中の各鉱 物粒子が黄砂としてアジア大陸内陸部からやってきた のか,周辺の島弧域からやってきたのかを調べ,それ らから大陸内部の気候乾燥度と極東域の降水量が過去 においてどのように変動してきたのか,という事を解 析する研究が進められている他,海洋堆積物中の有孔 虫化石の酸素・炭素同位体比を用いて,過去の海洋域 での降水量・蒸発量を含めた水収支の復元を試みる研 究も行われています。

 これらの研究に加えて,海洋と陸域を跨いだ物質循 環の研究として,非生物態有機物の挙動の解明する研 究が行われています。特に溶存有機物を対象として溶 存有機炭素濃度の測定等の量的評価と吸光光度法・蛍 光光度法による質的評価を行い,陸域水圏(河川・湖 沼・湿地)における溶存有機物の生成・分解過程,沿 岸域における陸起源有機物の除去過程,海洋における 難分解性有機物の生成過程を解明する,といった研究 が行われています。

 この他,学生による論文紹介等を行うグループ内の セミナー(変遷ゼミ)が毎週1回開かれています。所 属する研究室によって行われている研究分野が異なる 為,普段自身が接することのない分野の勉強をするこ とができます。また,時間に余裕のある時は,教員の 方々の研究内容についての発表も行われており,それ ぞれの教員の研究内容の具体的な中身を知る良い機会 にもなっています。この変遷ゼミ以外にも各研究室で それぞれ独自のセミナーを行っております。例えば私 が所属する杉本研究室では,毎週火曜日に「同位体ゼ ミ」を開いており,変遷ゼミで発表した(あるいは発 表する予定の)論文紹介の内容を,より多くの時間を かけて先生と学生で議論していきます。変遷ゼミでの 発表時間が発表20分・質疑応答20分しかないため,研 究室内のゼミでより時間をかけて議論をしていくこと で,分野(特に同位体関連)の基礎的な知識から,そ の基礎を如何に発展させて研究が行われているのか, という事をじっくり学んでいきます。また,このセミ ナーは入野先生の研究室と一緒に行われることもあり ます。

 本グループにて研究を行う上で私たちが重要だと 思っていることは,「自分たちの目で地球環境の現状 を観測し実感する」,つまり「実際にフィールドに出 て自身の手で観測を行う」ということです。地球環境 について理解する上で,勿論,室内実験での検証・解 析や観測衛星のデータやモデルシミュレーションを用 いた解析は必要不可欠ですが,実際に起こっている自 然現象について知見を得る場合,そのフィールドに自 ら赴きそれらを直接目の当たりにして観測すること で,その現象に対するイメージをしっかりと描いて, より深く理解することが可能となります。また, フィールドで作業をするという事は,現地の研究者や 住人の協力が必須です。そのような方々とのコミュニ ケーションをとる中で,研究活動というのが1個人で は成り立たないことを理解し,様々な人達との繋がり の大切さを肌で実感していきます。実際,私も既に何 回か海外のフィールドに赴いていますが,その度現地 の方々の協力を得て観測を行っており,現地の方々と の繋がりの重要性というものを実感しています。この 他に研究を行う上で重要と思っていることは,分析技 術の習得です。分析技術は年々進歩しており,より短 時間でより多くの分析データを得ることが可能となり ました。その為,最先端の分析技術に触れ,それを己 の技術として身に着けることは,今後の自分たちの研 究をより広く展開させていく上で必要不可欠なことで す。

 また,当然といえば当然のことではありますが,学 術論文を読む以外にも,海外の方々との交流をしてい く上で英語の使用は避けられません。前述のとおり, 現在本グループには海外からの留学生も在学してお り,日常会話は勿論のこと,セミナーでも英語で発表 が行われています。また,各研究室のセミナーでも日 本人の学生が英語で発表を行い,英語を「聞く」だけ でなく「話して発表する」という,海外で活動する上 で必要となる技術の習得にも励んでいます。学部4年 の学生も英語で発表しなければならないので大変苦労 していますが,皆さんちゃんと発表できるように頑 張っています。

 そして,最後に一つ。研究が(当然)メインの学生 生活ですが,定期的にグループ内でジンギスカンパー ティーを行ったり,また環境科学院で行われるソフト ボール大会に参加したり(そして何気にここ数年常に 3位以上をキープしていたり)と,様々な催し物に参 加して皆ワイワイ騒いでおり,普段の生活でも学年の 違いをあまり意識せずにのびのびと過ごしています。 ここまで,本グループの概要をざっと説明させても らいましたが,より詳しいことを知りたい方は本グ ループのホームページ(http://geos.ees.hokudai.ac.jp/hensen/index.html)を御覧下さい。環境科学院は北 海道大学の正門から近く,札幌駅から来られる場合, 北大構内の中央まで行かずとも立ち寄れる所にありま す。研究室の見学は勿論のこと,大学院の受験も歓迎 します。札幌にお越しの際には一度お立ち寄りくださ い。