■独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域 物質循環研究プログラム 古海洋環境研究チーム
  (原田尚美チームリーダー)


古海洋環境研究チーム研究生/筑波大学大学院生命環境科学研究科地球進化科学専攻
博士後期課程3年 福田美保

みなさま、こんにちは。今回はまだまだ残暑の厳しい横須賀より「独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域 物質循環研究プログラム 古海洋環境研究チーム」の紹介をいたします。担当は古海洋環境研究チーム 研究生/筑波大学大学院生命環境科学研究科地球進化科学専攻 博士後期課程3年の福田です。私は博士後期課程より、古海洋環境研究チームの方々にお世話になりながら研究活動を行っており、今回学生の立場からみた研究室の様子を紹介出来ればと思います。

私たちの研究チームは現在(2012年8月)、原田尚美チームリーダーを中心に木元克典技術研究副主幹、長島佳菜研究員と技術専任スタッフ2名(中村由里子、佐藤都)、招聘主任研究員(岡崎裕典 九州大学准教授)および外来研究員(小野寺丈尚太郎 JSPS特別研究員)が1名ずつ、研究支援パートタイマーが6名、研究生が4名の計17名在籍しております(図1)。本研究チームは他のチームに比べて女性の比率が高く、賑やかで親しみやすいチームです。研究支援職員の方々も非常に仲がよく、実験室では笑い声が耐えないことがあるとかないとか。研究生は茨城から九州まで様々な学生が在籍しており、同チームの研究員の方々に教わりながら分析や研究活動を進めています。

私たちの研究チームの目標は ”堆積物や海水に記録された環境データを現在から過去へと遡って取得し、急激に生じた地球規模の気候変動の実態や伝播メカニズムを明らかにすること” です。同時に地球規模での気候変動に対して海洋物質循環がどう応答して変化するのかを明らかにしたいと考えています。

ここからは本チームで行っている研究内容をいくつか紹介いたします。

人為起源の影響が出る産業革命以前の海洋や大気環境を知ることは、現在のみならず将来の気候変動を考える上でも重要です。そこで私たちは北太平洋やその周辺の縁辺海(オホーツク海やベーリング海、日本海、東シナ海)、チリ沖などで採取された海底堆積物に記録された各種代替指標(プロキシー)を分析し、観測データを過去に遡ることで数10年から1000年程度の周期性を持った気候変動の復元を行っています。具体的には表層水温や塩分、基礎生産、(海洋表層から深層までの)水塊分布の変化を調べるためにGC-MSやICP-MSなどの装置を用いて円石藻に含まれるアルケノンや有孔虫の殻の酸素同位体比やマグネシウム/カルシウム比、バルク堆積物の有機炭素や窒素含有量・同位体比測定、放射性核種(トリウム)、微化石(動・植物プランクトン)の群集解析などを行っています。最近では福井県の水月湖や秋田県の一ノ目潟などの年縞を記録した湖沼堆積物を用いた分析も開始しており、年々変動に伴う環境変動の解析にも取り組んでいます。またセジメントトラップ(海洋中を沈降する粒子を捕集する装置)を用いて北極海や北太平洋での生物起源粒子(有機炭素や窒素など)を時系列に採取し、生物生産の季節変化や年変化を明らかにする研究も行っています。

過去の気候変動の伝播メカニズムを明らかにするためには多くのプロキシーデータを得るだけでなく、古気候モデルと連携して研究を行うことが不可欠です。将来予測に用いられる数値モデルは、古気候・古環境研究における分析結果と照合することで精度の検証が行われているため、プロキシーデータとモデル両面からのアプローチを行うことは古気候モデルの精度の向上にも貢献出来るといえます。本チームでは現在、ハワイ大学IPRCの地球システムモデル(LOVECLIM)や東京大学大気海洋研究所の大気海洋結合モデル(MIROC)などの古気候モデル研究者と連携することで、融氷期(1万7500年前から1万1500年前)に繰り返された1000年スケール気候変動に応答して変化した北太平洋中・深層循環を明らかにする研究を進めています。

本チームでは過去の環境をより理解するために従来のプロキシーの高精度化や新しいプロキシーの開発も積極的に行っています。例えば、岡山理科大学と共同で1つぶの石英粒子を用いたカソードルミネッセンスによる風成塵の起源推定法の確立を目指しています。この手法を用いて、風成塵(ダスト)として日本列島へと輸送される石英粒子の電子スピン共鳴信号強度(ESR)と結晶化度が中国の砂漠(ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠など)ごとに異なることを利用することでダストの供給源を推定し、堆積物に記録されたダストの供給源を過去に遡って探ることで、偏西風やアジアモンスーンなどの大気環境が時代に応じてどのように変化してきたのかを推測することが可能になってきました。また、水槽中で海水のCO2濃度やpH、水温、塩分などをコントロールしながら浮遊性有孔虫を飼育することで、有孔虫の炭酸塩殻の溶解がどのように進むかを調べ、炭酸塩濃度を定量化するための指標開発を試みており、この手法を用いて地球温暖化と共に深刻化している海洋酸性化に伴うプランクトンの環境変化への応答を明らかにする研究を実施しています。さらに、安全で短時間に分析可能な生物源オパールや石英(SiO2)の酸素同位体比測定法の開発も行っています。

以上の研究を行うために欠かせないのが、試料を採取するためのフィールドワークです。海水や堆積物サンプルの採取やセジメントトラップの設置や回収を行うために JAMSTECの保有する研究調査船はもちろんのこと海外の研究調査船に乗船することもあります。乗船期間は短い場合で1週間、長い時には1ヶ月以上にも及びます。船内での生活は観測内容やその進行状況に大きく左右されるため、時にはゆっくり食事を取れなかったり、不規則な生活になったり、運動不足になることもあります。しかし、船長をはじめとし観測技術員など多くの方々の協力によって採取されたサンプルを目の当たりにするとそのような疲れは吹き飛び、その後行う分析への意欲がよりいっそう湧いてきます。また海洋観測を行う分野にも共通することであると思いますが、古海洋学分野の研究では、一点の堆積物コアについて複数の研究者が各々のプロキシーの分析を行い、協力して大きな成果を上げることが多いため、人とのコミュケーションを積極的にとることが研究を遂行する上でも特に重要であると感じます。
私はこれまで、数回、研究調査船に乗船する機会があり、その経験から、乗船の醍醐味は現場での海洋観測はもちろんのこと、船員や観測技術員の方々のこれまでの乗船話を聞くことができる点であると思っています。

普段の生活では同プログラムの海洋時系列観測や海洋・陸域生態系モデルを行うチームとの合同セミナーが月に1回の頻度で開催され、活発な議論が行われた後には懇親会が行われることもしばしばあり親睦を深めています。また招聘研究員の方々による各分野の研究のレビューをしていただく機会もあり、大変勉強になっています。

本チームのあるJAMSTEC横須賀本部の目の前には横須賀港で周辺には日産や住友などの工場があるため付近の岸壁にはJAMTECが保有する研究調査船だけでなく、様々な輸送船が停泊しており、潜水艦が見えることもあるそうです。一方、敷地のすぐ裏には、夏島貝塚を含めた小山があり、春にはウグイス、夏にセミやひぐらしの鳴き声がするので四季を存分に体感することが出来ます。最寄りの追浜駅からの唯一の公共交通機関であるバスは、日中1時間に1本しかなく、また研究所の周りもコンビニがなく、不便を感じることもありますが、海と船好きには絶好の環境ではないかと実感しています。

最後になりましたが、本チームを含めた物質循環研究プログラムでは、先日ホームページをリニューアルしました。さらに詳しい研究の様子が知りたい!という方は http://www.jamstec.go.jp/rigc/j/ebcrp/paleo/index.htmlを是非覗いてみてください。また、これまで本チームの方々が採取してきた試料の分析データをも公開しております(パレオデータサイトhttp://ebcrpa.jamstec.go.jp/rigc/e/ebcrp/paleo/paleodb/)ので、ご覧いただければ幸いです。